上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
エリック・ミヤシロ Special Talk & Play 先週は「エリック・ミヤシロ Special Talk & Play」というイベントに行ってきました。
場所は銀座山野楽器7Fイベントスペース"JamSpot"。

開始前の注意事項がアナウンスされ、「撮影、録音は禁止・・・」あら、録音禁止ですか。
ボイスレコーダーをバッグにしまい、頼りはメモのみ。

というわけでメモと記憶を頼りにレポートを書いてみようと思います。

今回の内容は、第1部にエリックさんのトランペットとの出会いからプロ活動までの経験されてきた貴重なお話、そして今年12月に山野楽器から発売予定のヤマハ・トランペット YTR-83Aの紹介、第2部にはエリックさんへの質問コーナーという2部構成。

会場にエリックさんが登場すると、まずは最初にトランペットで1曲聴かせてくれました。
実はエリックさん、約2週間ハワイにバカンスに行って帰ってきたばかり。この間楽器を吹いてなかったとのこと、それなのにいつも通りの素晴らしい演奏でした。

そしてトークショーの始まり。ナビゲーターはフリー雑誌「BIGBAND!」を発行されている土屋章氏が進行役として質問を投げかけ、その回答から話が展開していくというスタイル。

まずはエリックさんの幼少時代、トランペットを始められたきっかけについての話題からスタートしました。
お父さんがトランぺッターだったので自宅に楽器やマウスピースがあり、エリックさんはマウスピースをおしゃぶりのようにしていたとのこと。そして、お父さんの影響でトランペットを始めたのは自然な成り行きだったようです。
子供のころから仕事場でのお父さんの姿をよく見ていたそうで、トランペットを吹くお父さんは非常にかっこよく、その姿に憧れを抱いていたそうです。

土屋氏 「小さい頃から天才少年と呼ばれていたという話は有名ですが・・・」
エリック氏 「こんなに苦労した天才っているんですかね。」

なんて会話もありましたが、子供のころからとにかくたくさんトランペットを吹いていたそうです。
でも意外なことにお父さんに教えてもらったことはないらしいです。

「教えてもらわなかったことで先入観がなかったのがよかったみたいです。」と言います。

教えてもらわなかったことで、「高い音は難しい」とか、「シャープがたくさん付くと難しい」などという考え方がなかったとのこと。

「有名な変奏曲『ベニスの謝肉祭』を、調子の悪い(回転数が速い)レコードプレーヤーで聴いていたので半音高かったんです。それに合わせて吹いていたので自然に半音高く吹いてました。でも難しいと思ってなかったです。だって譜面にするとシャープが6つも付いてしまうけど、それを知らなければただ運指が違うだけ。ピストンは3本しかないから大した違いじゃないんです。中学に入ってそれを吹いてたら先輩に『なんでそんな難しいキーで吹いてるの?』って言われました。」

すごい話ですが確かにその通りかもしれないですね、納得です。

土屋氏 「レッスンを受けたことは?」
エリック氏 「中学のころ、先生を紹介されて初めてレッスンに行ったんです。すると、ちょっと吹いては止められて注意される。そして先生がお手本を吹く。またちょっと吹いては止められ・・・の繰り返し。先生が吹いてばっかりで自分はちょっとしか吹けない。だからつまらなくてその1回でやめちゃいました。今までにレッスンというものは全部で5~6回しか受けたことがないと思います。」

しかしそのあとに付け加えられたのは、とにかくいろんなミュージシャンに質問攻めをし、たくさんのことを吸収していったそうです。
また、私生活でもいろいろとご苦労があったそうで、ラッパを吹いているときが何より幸せな時間だったとのこと。とにかく吹きまくってたそうです。

土屋氏 「いつごろからプロになろうと決心しましたか?」
エリック氏 「中学1年生ぐらいのときからプロになろうと思ってました。」
土屋氏 「高校生のときに全米の選抜バンドに選ばれましたよね?」
エリック氏 「はい。アメリカのすべての州から選抜された高校生が集まりカーネギーホールで演奏するんです。」

その選抜バンドの演奏はこれです。↓



高校生ですでにこの演奏です。
Take The "A" Trainでソロを吹いているのはクリス・ボッティです。このときからの友人だそうです。同期生だったんですね。ちなみにマックがスポンサーだったらしいです。

そしてなんとラッキーなことにカーネギーホールでは、ゲストがメイナード・ファーガソンだったそうです。コンサートが終わったあとファーガソンがエリックさんのところにきて「高校を卒業したら僕のバンドに来なさい。」と言われたそうです。
エリックさんはそのときは冗談だと思い受け流したそうですが、実はファーガソンは本気だったらしく、のちにそれを伝えられたそうです。高校生でファーガソンから声がかかる・・・すごいです。

そしてバークリー音楽大学に進んでからの話に移っていきました。

ジャズ・トランペッターといってもいろいろなスタイルがありますが、エリックさんはバークリーに入る前から「リード・トランペットを極める」と決心していたそうです。これは私は初耳でした。
私はこのブログでどこかの記事に「どのリード・トランペッターよりもエリックさんのリードが好きだ」と書いた記憶があります。
もちろん世界中、特にアメリカには魅力的なリード・トランペッターがたくさんいます。なので好きなリード吹きはたくさんいます。でも、エリックさんのリードは一味も二味も違うのです。
一番の魅力は音色でしょうか。一瞬でエリックさんだということがわかるほどの美しい音色です。どんなに高い音でも「美しい」という表現が似合う音色だと思うのです。そしてあのかっこいい吹き回し。ダイナミックな表現の仕方は独特です。

さて、バークリーに入ったエリックさんは、恐らくすでにリード・トランペッターとして十分すぎるほどの腕前だったはずです。
「バークリーに凄いラッパ吹きがいるらしい」という噂が広がっていた、という話をよく聞きますが、それはプロのミュージシャンの間にも伝わっていたようです。
ある日の深夜、「パーティー部屋」と言われていたエリックさんの部屋で仲間と騒いでいたらしいのですが、部屋の電話が鳴り、出てみると相手はバディ・リッチだと名乗ったそうです。エリックさんはだれかのいたずらだと思い、電話を切ってしまったそうです。
しばらくするとまた電話が鳴り、本当にバディ・リッチであることを説明され、本人であることがわかったそうです。
バディ・リッチは、「今日リード・トランペットをクビにしたから明日からウチのバンドに来なさい」と言われたそうです。
エリックさんはこれをチャンスだと受けとり、すぐに荷造りし、退学する旨を学校に伝えてもらうよう友人に託し、翌朝さっそく学校を後にしたそうです。

先にも書いたとおり、バークリーに入る前から「リード・トランペットを極める」と決心していたそうですが、そんなエリックさんもやはり入りたいバンドというのがいくつかあったそうです。
メイナード・ファーガソン・バンド、カウント・ベイシー楽団、ウディ・ハーマン楽団などだそうです。そして、バディ・リッチには「厳しい」「きつい」などの噂があり、入りたくなかったそうです。
そんなバディ・リッチ・ビッグバンドに入ったエリックさんですが、「実際バディ・リッチはどんな人でしたか?」と聞かれると、「素っ晴らしい人でした!」と力強く答えていたのが印象的でした。

バディ・リッチの素晴らしさについての話題は様々なエピソードを交えながら話してくれましたが、その中でもメンバー思いだったという話が特にインパクトがありました。
たとえば、あるコンサート・ツアーで、主催側からメンバーの人種について何か指摘されたそうで、納得のいかないバディ・リッチはこのツアーすべてを蹴り、メンバーと共に退散してしまったということです。ツアーの初日に退散・・・普通ではちょっと考えられませんが、そのぐらいメンバー思いだったとエリックさんはバディ・リッチのことを絶賛してました。ちなみにその時はメンバー全員にツアー2週間分のギャラをバディ・リッチ自身のポケットマネーで払ったそうです。いやぁほんとにすごい人です。

さて、「厳しい」と噂のバディ・リッチ・ビッグバンドですが、その噂どおり大変ハードだったそうです。
ビッグバンドをやっている人ならご存知のとおり、バディ・リッチ・ビッグバンドといえば、まず何よりレパートリーがとにかくキツい曲が多いのです。
今回会場では下の映像の約12分30秒あたりから映し出され、エリックさん「この演奏の前にすでに別の場所で2ステージ演ってるんです・・・」と。
それだけ吹いてきてもこの演奏。。。すごいです。。。



さらに、「バディ・リッチ・ビッグバンドでは、ツアーなどで最高68日間連続で本番の日が続いたことがある。」とも。

こんな過酷なプレイを休みなしで2か月以上毎日・・・凄すぎます。
毎日のプレイがあまりに過酷で唇が切れ、ウォーターキーから赤い液体が。しかし吹き続けなければいけない、今日も明日も明後日も。。。
そんなときのエリックさんの対処法がまたすごい。なんと唇の切れたところをアロンアルファでくっつけてトランペットを吹くんですって。この話にはさすがに会場はどよめきました。
エリックさん曰く「でも瞬間接着剤って医療用に開発されたらしいですよ。止血するときに使えるんです。」とあっけなく言ってましたが。いや、そういう問題じゃないでしょエリックさん。。。と私の心中。

これだけの経験をされてきてるんですね。恐れ入りました。。。

そしてプロ活動の中で、バディ・リッチやメイナード・ファーガソンから、プロとしてのステージマナーについても教えられたそうです。
「お客さんは日常のことを忘れ、夢のひと時を求めて聴きに来てくれている。ステージでは世間話などお客さんを日常に戻してしまうようなことを口にしてはならない。」
これはバディ・リッチ、メイナード・ファーガソン両氏がよく言っていたそうです。この教えは今のエリックさんのステージにそのまま出てきているように思います。
また、バディ・リッチは本番前にメンバーのユニフォームをチェックするそうです。ズボンの折り目がきちんとしているかなど厳しくチェックされるらしいですが、「お客さんは目でも聴いている。」と、やはりステージマナーについてはとことん厳しかったようです。

まだまだいろんなお話がありここですべてを紹介することはできませんが、なにしろ大変厳しい世界で徹底的に活動されてきた内容と量は、われわれの想像を遥かに超えており、その経験あってこそのあのスーパープレイなのだということを痛感させられました。

もっといろんなお話を聞きたかったところですが、時間に限りがあるのでエリックさんの経験談はこの辺で終了となりました。

そして第1部の最後に今年12月に山野楽器から発売予定となっている最新型のYTR-83シリーズの紹介がありました。
1992年に、当時ボビー・シューが使っていたヤマハ・トランペット YTR-6310Zを元に各部をアレンジし、山野楽器オリジナル・モデルとして発売されたヤマハ・トランペットがYTR-83です。
このYTR-83は、ボビー・シューにYTR-6310Zを勧められたエリックさんが、6310Zをどうしても吹きこなすことができず、エリックさんの監修で各部を検証、改良し山野楽器オリジナル・トランペットとして発売されたということです。現在のYTR-8340EMが登場するまで長らくエリックさんが使っていたことでも知られています。
今までに何度かマイナーチェンジされたこともあり、そして一時は販売終了に至ったが、その後また販売を再開したと記憶しています。
そして今回山野楽器120周年記念モデルとして新たにエリック・ミヤシロ氏をはじめ、様々なプロ・ミュージシャンの意見を採り入れ更なる改良が加えられ、「YTR-83A」というモデル名で発売されるそうです。
変更点は、延べ座の位置変更、2番管のカニ目やウォーターキーの台座・臼の半田付け、イエローブラスのリードパイプ、サイドシームのベル、その他もろもろです。(下記画像参照)
また、「YTR-83ASP」として、銀メッキ仕様も同時に発売されるそうです。こちらは各抜差し管、ピストンボタン、上下キャップなど部分的にゴールドラッカーになるそうです。


ヤマハ・トランペット YTR-83A

ヤマハ・トランペット YTR-83A


今回の「エリック・ミヤシロ Special Talk & Play」第1部は1時間を少し超えたところで終了となり、休憩時間となりました。
第2部はQ&Aコーナーということで、事前に寄せられたたくさんの質問や会場の聴講者からの質問に一つずつ解りやすく答えてくださいました。
その内容は次回の記事に書けたら書こうと思ってます。
コメント
非常に興味深い内容でした!
レポートその2の記事もわくわくしながら待ってます
2012/09/23(Sun) 22:10 | URL | ケニー | 【編集
ケニーさんへ
そう言って頂けると書いた甲斐があります。ありがとうございます!
「その2」もできる限り忠実に書けるようがんばります!
2012/09/24(Mon) 01:14 | URL | 管理人 | 【編集
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。